大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和24年(行)16号 判決

横浜市鶴見区菅沢町百九十四番地

原告

細田和一

右訴訟代理人弁護士

淸瀨一郞

木村篤太郞

塩坂雄作

吉住達一郞

被告

東京国税局長

渡辺喜久造

右訴訟代理人弁護士

松宮隆

右指定代理人

堺沢良

右当事者間の昭和二十四年(行)第十六号個人所得税審査決定取消請求事件に付当裁判所は次の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、原告の昭和二十二年一月一日より同年十二月三十一日に至る迄の間の個人所得金額に付、被告が昭和二十三年十二月六日付でなした審査決定を取消すとの判決を求め、その請求の原因として、原告は肩書地に居住し、細田機械工業株式会社の株主で、且つ代表取締役の地位にあるものであるが、原告の昭和二十二年一月一日より同年十二月三十一日迄の間の一年間の所得金額は六万二千八百五十円であり、原告の同居親族である妻細田孝子の右一年間の所得金額は一万八千二百八十六円であるので、原告は其の合計八万一千百三十六円を右年度の所得額として昭和二十三年一月中原告居住地の所轄税務署である鶴見税務署に対して昭和二十二年度分所得税の確定申告をしたところ、同署に於ては同年八月三十日、原告の所得額百四十九万六千二百五十円と更正してその旨通知した。そこで原告は右更正を不服として同年九月二十九日被告(当時東京財務局長)に対し右決定の審査を請求したところ被告は同年十二月六日原告の所得金額を百五十万一千五十円と決定し、原告は同日その通知を受けた。ところが、前記細田機械工業株式会社(以下細田機械と略称する)は資本金十九万七千円であつたのを昭和二十二年十二月二十五日資本総額を百五十万円に増資したところ原告はその差額に該当する株式数(一株額百五十円)即ち増資額全部を自己又は他人の名義で実質上はすべて原告個人が引受け其拂込及増資登記の手続を了したのであるが、被告はその際原告が右増資株の拂込資金として百三十万三千円を細田機械より贈與せられたと認定し、これを原告の同年度所得額中に計上して前記の如く原告の所得額を決定したものである。しかしながら右拂込資金は原告が細田機械より立替をうけたものであつて決して贈與せられたものではない。従つて右金額を贈與金として原告の所得額中に計上した被告の本件審査決定は違法である。依てこれが取消を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の本案前の抗弁に対し、本訴は改正前の所得税法第五十一條(本訴提起当時施行)に基くもので同法第二項によれば所得税額審査決定に不服のあるものは訴願及出訴のいずれもなし得るのであるから裁判所に最初から出訴することも可能である。従つて原告が被告の本件審査決定に対し訴願を経ずして直接裁判所に出訴したのはもとより適法である。仮に被告主張の如く右出訴前訴願を経べきであるとしても原告及原告がその代表取締役である細田機械は本件即ち前記立替金関係を含む脱税事件により起訴せられ現に刑事被告事件として係属中であり、その判決前に本件が原告主張のような事実関係であることの確定を求める必要がある。且本件決定により原告に課せられている税額は細田機械の総資本額を超えるものであり、従つて本件並に前記刑事事件が解決しなければ細田機械としても業務上著しい支障をきたすのであつて、以上の事由は行政事件訴訟特例法第二條但書に所謂正当の事由ある場合に該当するものであるから訴願の裁決を経ないで本訴を提起しても違法ではない、と述べ、立証として、甲第一、第二号証、第三号証の一、二を提出し証人兒玉義雄(第一回)の証言を援用し、乙第四号証の一、二の各成立は不知、その余の乙号各証はいずれもその原本の存在及び成立を認めると述べた。

被告代理人は訴却下の判決を求め、本案前の抗弁として行政事件訴訟特例法第二條によれば行政処分に対し訴願をなし得る場合には訴の提起に先立ち先ず訴願をなすべきが原則である。しかるに改正前の所得税法第五十一條(本訴提起当時施行)によれば本訴に於て取消の対象とされている被告の審査決定に対しては訴願をなし得るのであるから、訴願の裁決を経ないで提起した本訴は不適法として、却下せらるべきである。なお原告及細田機械を被告人とする原告主張のような脱税刑事々件が現に係属中であること及本件決定により原告に課せられている税額が細田機械の総資本額を超えることは認める、と述べ、本案に付請求棄却の判決を求め、請求原因に対する答弁として原告主張の事実中、原告主張の増資拂込資金は原告が細田機械から立替をうけたものであるとの点を除き其余の事実はすべて認める。右増資拂込資金百三十万三千円は被告の認定したとおり細田機械から原告に贈與されたものであつて、原告及細田機械に於て原告がこれに対し所得税を課せられるのを免れるためにことさらに立替金名義に仮裝したものにすぎない。よつて右金員を原告の所得額中に計上した被告の本件決定はもとより適法であるから原告の請求は理由がない。なお被告は本件審査決定に於て原告の申告した所得額六万二千八百五十円を六万三千五十円と更正し、これに原告が細田機械より支給されていた昭和二十二年四月より十二月までの間一カ月金一万五千円宛合計十三万五千円を加え更に本件贈與を受けた拂込資金百三十万三千円を加算して原告の所得額を合計百五十万一千五十円と決定するに至つたものであると述べ、

立証として乙第一乃至第三号証、第四号証の一、二、第五乃至第九号証を提出し証人佐藤和雄、同松井靜郞、同兒玉義雄(第二回)の各証言を援用し甲第一、第二号証の各成立並に甲第三号証の一、二の原本の存在及成立を認めた。

理由

先づ被告の本案前の抗弁について考える。被告が原告に対し原告主張通りの所得税額審査決定をなし、原告がこれに対し訴願を経ることなく直接本訴を提起したことは当事者間に争がない所である。

そこで改正前の所得税法第五十一條(本訴提起当時施行)によると審査決定に対し不服あるものは「訴願をなし又は裁判所に出訴することができる」旨規定してあるので右規定のみから考えると、最初から裁判所に出訴することが可能であるようにも解せられるが、行政事件訴訟特例法第二條(右所得税法の規定の施行後に公布施行された)による訴願前置の原則は行政処分の取消を求める訴のすべてに適用せられる一般原則たること明かであつて前記所得税法の規定によつて右原則を排除したものとは解せられないから本訴に於てもこれが提起に先立ち訴願の裁決を経べきものと云わねばならぬ。

しかしながら、原告及原告が代表取締役をしている細田機械を被告人とする本件増資拂込資金関係を含む脱税刑事被告事件が現に繋属中であること、並に本件審査決定によつて原告に課せられている税額は細田機械の総資本額を超えるものであることは当事者間に争がないので、右の事情より考えれば、訴願の裁決を経ることにより本件の解決が遅延するときは原告及その代表取締役である細田機械に対し一身上若しくは業務上重大な影響を及ぼし、これに因つて著しい損害を生ぜしめる虞あるものと認められるから行政事件訴訟特例法第二條但書に基き、原告が訴願の裁決を経ずして本訴を提起したのは適法と云わねばならぬ。よつて被告の本案前の抗弁は結局理由がない。

そこで本案について考える。原告主張の事実中原告が肩書地に居住し細田機械の株主で且取締役であること、原告が原告主張の金額内訳の昭和二十二年度所得額の申告を鶴見税務署に対してなしたところ、同税務署はこれに対し原告主張の如き更正をしたので原告は更にこれを不服として被告に審査を請求したところ、被告は原告主張のような審査決定をなすに至つたこと、細田機械は資本金十九万七千円であつたのを原告主張の日時に百五十万円に増資したところ、原告はその差額に該当する株式数を全部自己又は他人の名義で実質上はすべて原告個人が引受け其の拂込及増資登記手続を了したこと、被告は原告が右拂込資金百三十万三千円を細田機械より贈與せられたものと認定し、これを原告の所得額中に計上して本件審査決定をなすに至つたことはいずれも当事者間に争がない。そこで原告は右拂込資金は細田機械から立替をうけたものであるから被告がこれを贈與と認定したのは違法であると争うのでこの点に付判断する。

成立に争のない甲第二号証、原本の存在及成立に争ない乙第一乃至三号証及乙第七乃至九号証、その方式及び趣旨からして公務員が職務上作成したものと認められるので、真正に成立したものと認める乙第四号証の一、二、並に証人佐藤和雄、同松井靜郞、同兒玉義雄(第一、二回但し後記措信しない部分を除く)の各証言を綜合すると、昭和二十二年十二月二十五日、原告は増資株の拂込に必要として細田機械より経理課長兒玉義雄を通じて小切手で百三十万三千円の交付をうけ、これを原告の引受けた前記増資株の拂込金として会社の取引銀行に振込んだこと、右兒玉は会社の帳簿上右金員を原告への立替金として記載したが、右は立替金名義でしかも、相当の巨額であるに拘らず何等証書を作成することもなく、弁済期利息も定めなかつたこと、その後原告は右金員を全然会社に返済しなかつたが、兒玉は会社の帳簿には昭和二十三年三月十二日原告より右立替金の返済があつたように記載し、同時に別にこれに見合うべき支出として会社の仮空の経費を計上記載して帳簿上の收支のつじつまを合せたことがそれぞれ認められる。以上認定の事実を通じて見れば細田機械は右原告に交付した増資拂込資金を、單に帳簿上立替金名義に仮裝したにすぎぬことが明かであつて、右事実と前記乙第四号証の二、及同第七号証の記載を綜合すれば右金員は被告の主張する如く原告が細田機械より贈與をうけたものと認める外はない。証人兒玉義雄の供述(第一、二回)中右認定に反する部分は措信しない。

してみれば、被告が本件百三十万三千円を細田機械より原告に贈與せられたものと認定して原告の所得額中に計上したのは正当であつて、本件審査決定は何等違法ではない。(なお本件審査決定における所得額の算定の中右贈與金以外の部分は原告に於て取消の理由として主張していないから特に判断すべき限りでない)。依て原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 毛利野富治郞 裁判官 田辺公二 裁判官恒次重義は転任の為署名捺印することが出来ない。裁判長裁判官 毛利野富治郞)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例